2016年8月22日

大電力ラジオ放送の終焉

新年早々どうやって東京の拠点にて直接波のラジオ放送を受信するかということについて考えていたが、結局結論としては「何もアンテナを建てずに済ませる」のが一番良さそうだという話に落ちついてしまった。

その昔今は亡き関根慶太郎先生の最後のご著書であろうと思われる「無線通信の基礎知識」(ISBN-13: 9784789813464)にて予想されていたのが、「大電力大規模アンテナの無線通信は廃れ、小電力と小規模な到達範囲の無線局を多数置局する方向へ世の中が向かう」ということだったと記憶している。これを読んだ数年前はあまりその実感はなかったのだが、最近の世の中の情勢を見るに、もう大電力ラジオ放送は、少なくとも日本の都会では機能しなくなりつつあるのではないかという結論に至った。(この記事での話はいずれテレビ放送にも適用できると思うが、必要帯域や電力レベルを考えると、テレビでは技術的制約はずっと厳しくなるだろうと予想できる。)

以下に理由を箇条書きで書いておく。

  • ラジオ受信機とスマートフォンとの間の価格差は縮小している。家庭内にWiFi+定額インターネット回線が整備されつつあることを考えると、スマートフォンでインターネットラジオを聞くこととラジオ受信機で直接ラジオを聞くこととの差は縮小しつつある。
  • 移動中であっても、日本では3G/LTEの回線が整備されている地域であれば、ユニキャストのインターネットラジオでも基地局間のハンドオーバーが機能している限り中断はまずない。東京や大阪の地下鉄の中の状況を考えれば、むしろラジオ直接放送よりもアクセス範囲は広いくらいである。
  • 中波放送を電波で聞くのは、家屋内あるいは屋外の雑音(インバータやスイッチング電源の普遍的使用、特に最近は太陽光発電、LED電灯などの大電力パワーデバイスによる使用)を考えるに、ますます困難になりつつある。非常時あるいは停電時を除けば、その機能はインターネットラジオ(日本ではNHKのらじる☆らじると民放のRadiko)で十分補完されつつある。
  • FM放送を電波で聞くのは中波放送に比べればずっとノイズ耐性は高いが、これについても非常時あるいは停電時を除けば、その機能はCATVのFM放送中継、あるいはインターネットラジオで十分補完されつつある。(オーディオマニアの直接波受信指向については例外的な趣味として判断すべきであろう。)

平時の大電力ラジオ放送は以下の技術で置換されるだろう。

  • インターネットラジオ
  • CATVによるFM放送中継(あるいは地デジのデータ放送を使ったAMラジオの中継)
  • 3G/LTEあるいはそれ以降の携帯電話網

パラダイムシフトがあるとすれば、「大規模かつ広範囲なカバー範囲を提供する独立した無線局」から「小規模かつ小電力な狹いカバー範囲を提供する無線局が多数ネットワーク接続された複合体」への移行であろう。この環境では「マルチキャストあるいはブロードキャスト」とユニキャストのコストの違いはあまり意識されない(技術的にどのような負荷がかかるかとは独立した問題である)。この移行はまだ完了していないとはいえ、すでに起こっており進んでいることと予想できる。 このような移行によって失われるものがあるとしたら、それは以下の一点に要約されるであろう。

  • 単なる受信機では放送は受信できなくなったため、各端末に必要なエネルギー量が大きく増えている。携帯網あるいは無線LANに接続される端末は本質的に送受信機である。

この状況下で、大規模ラジオ放送の役割とは何なのか、今一度考えてみる必要があると思う。

(初出: Facebookの自分のタイムラインより 2016年1月3日)