2014年3月17日

第一級陸上無線技術士試験受験記

(All image files in this blog article are edited by Kenji Rikitake)

この1月(平成26年1月期)に第一級陸上無線技術士(一陸技)の国家試験を受験した.その時の受験記を書いておく.幸い試験には合格し,すでに無線従事者免許証の交付も受けているが,この試験はおよそ簡単なものではなかったということだけは最初に強調しておきたい.

受験の理由

受験を決意したのは昨年2013年の10月だった.退職勧奨というやむを得ない事情で退職したこともあり,どうにかしてもっと手に職をつけなければという焦りの気持が理由の一つだったことは事実だ.そして,ただのインターネット屋だけでは食っていけなくなるだろうという予想は2008年ごろからしていて,その時からプロの無線(業務無線)の資格が欲しいとは思っていた.2009年に,さる勉強会で無線の話をしたこともあったからだ.

しかし,無線局の操作は無線従事者の資格がなければ行うことはできない以上,プロの資格なしでは商売にはできない.そして資格を取るなら自分の実力で可能な最強かつ最高の資格でなければならない.趣味の分野とはいえ,このことは第一級アマチュア無線技士(一アマ)を受験した時に実感したことである.一アマを取ってからは,誰も私に文句をつけてくることはなくなったからだ.

なぜ一陸技を選んだか

日本でのプロの無線の資格にはいくつかの選択肢がある.大きく分けると,「技術操作」と「通信操作」という選択肢がある.

「技術操作」とは,通信そのものを行うのではなく,通信に係る機器の調整などを行うことができるという意味である.平たくいえば,無線機やアンテナの設計や調整,通信操作以外の運用ができる資格である.技術操作の仕事はまさに技術者の仕事以外の何物でもない.(米国FCCのCommercial Radio Operatorの資格では, "Radio Maintenance and Repair" という表現をしているようだ.なお,私は米国で労働する権利をこの原稿の執筆時点では持たないため,この米国資格を得るための受験資格はない.)

一方,「通信操作」とは,音声などで相手とやり取りをする操作だが,プロの無線では基本的に操作者の意思で伝達内容が決まることはむしろまれであり,操作者は第三者からの依頼電文を正確に伝えることが要求される.その意味で通信操作は一種の特殊技能であり,純粋な技術者の仕事とは一線を画しているといえるだろう.

(日本ではプロの無線の資格でもアマチュア無線局の通信操作を行うことができるが,国際的にこのような制度が一般的なわけではない.たとえば米国ではプロの無線の資格とアマチュア無線の資格は厳格に分かれており,兼ねることはできない.)

通信操作を主にした資格の最高峰であるとされる第一級総合無線通信士(一総通)には,私が結局覚えることのできなかった和文モールス符号の送受信試験があり,まず受験は無理だろうと決めた.日本のプロならば他人の和文電報を扱えるだけの技量を必要とするのは当然であり,残念ながら私にその実力はない.アマチュア無線の必須技能である欧文普通話(=普通の英語の文章)のモールス符号ですら,まともに受信して記録することはおぼつかないのだから.

一方,技術操作を主にした資格の最高峰である一陸技は,放送局などを含むすべての無線局(ただしアマチュア無線局については第四級の操作範囲のみ)の技術操作が行える.一総通は第二級陸上無線技術士(二陸技)と同等とみなされるが,二陸技では2kWを越える放送局の送信所のような大電力の操作はできない.一陸技にはその制限がない.その意味で無線工学(=電子工学+無線システム+アンテナ工学)の業務試験としては,日本では最高の資格の一つであるということがいえる.また,一陸技は無線工学(3科目ある)と法規(電波法の基本的概念と技術関連項目)のみが必須科目であり,そういう意味では比較的勉強しやすい試験であるとも言える.

受験勉強の準備と目標

一陸技の受験勉強には,まずは過去問集,それから各科目の参考書を1冊ずつ用意した.もっとも,実際に手をつけられたのは,諸般の事情により試験日の一週間前からであった.参考書は以下の通りである.

この上記5冊の参考書の大半は同一人物が著者であり,そういう意味では内容に多少の偏りは否めない.もっとも,過去に電子工作の経験や知識があれば,ついていける内容が大半である.言い換えれば,そういう経験のない人が,ひたすら過去問を暗記して受けるというのは,無理かもしれない.マークシート式の試験とはいえ,実際にはかなりの筆算をしなければ正解は出てこないからだ.

現実の試験は4択のマークシート式試験で,2日にわたって行われる.無線工学3科目は各科目ごとに試験時間が2時間半,それぞれ5点の問題が20問,1点×5項目の問題が5問,計25問125点で採点され,75点(6割)を取らないと合格にならない.法規は試験時間が2時間,5点の問題が15問,1点×5項目の問題が5問,計20問100点で採点され,60点(6割)を取らないと合格しない.免許は4科目すべて合格しないと与えられないが,各科目の合格結果は試験のあった次の月から3年間有効であるため,複数回の受験で免許を取得する人も多い.私の場合は幸いにして4科目全部一度で合格することができた.

勉強の内容

無線工学は「無線工学の基礎」(電磁気学と電子工学,回路理論),「無線工学A」(無線機の構成や変調方式など無線システム全般),「無線工学B」(電磁方程式から伝送線路,電波伝搬を含むアンテナシステム全般)の3つに分かれる.これらの中で最も厳しかったのは,実は「無線工学の基礎」であった.

「無線工学の基礎」では,試験範囲はマックスウェル方程式や電磁誘導,コンデンサの原理といった大学の電磁気学で学ぶ基本的なことから,BJT/FETを使った増幅回路,さらにはデジタル回路の基本であるブール代数に関する問題まで,広範囲な問題に対応できることが必要になる.そのためには,四端子回路(特にhパラメータ/sパラメータ)や,デルタ-スター変換などの,比較的高度な技術が必要になってくる.指数対数(複素係数を含む)と三角関数の和差公式は普通に使えないといけない.

「無線工学A」では,無線機の基礎構成,AM/FM/SSB変調方式,ビット伝送の基本であるBPSKやQPSK,レーダ,電波航法(VOR/GPSなど),衛星通信システム,地上デジタル放送(私が受けた試験では過去問にないOFDMの帯域分割パラメータの詳細に関する問題が出た),電源,雑音指数,無線機の性能測定など,広い範囲の問題が出る.

「無線工学B」では,電波伝搬の視点から見たマックスウェル方程式,アンテナの電流分布や電波放射,空間の伝送損失などを定量的に計算するための伝達公式,八木=宇田アンテナから導波管を使ったスロットアンテナに至る各種周波数の各種アンテナ,分布定数回路と導波管,伝送線路のインピーダンスと整合,地表波から電離層伝搬までの電波伝搬全般,そしてアンテナ系の測定まで,これまた広い範囲の問題が出る.

これらの無線工学3科目に関する問題を解けるようになるには,実際に各種技術がどんな場面でどのように使われているかを想像し,その上で必要な計算を行っていくという幅広い知識が必要になる.

また,「法規」では,電波法の基本原則から無線設備規則に定められた各種技術基準,無線局の運用,無線従事者の義務,そして罰則まで,広範囲な知識が要求される.こちらは自然法則ではなく人間の決めた規則であり,無線工学の科目に比べて丸暗記のセンスが要求される科目でもある.

勉強の方法

学問に王道はないとはよく言ったものだが,この試験はなにしろ範囲が広すぎるため,率直に言って過去問を解きながら背景の考え方を覚えていくしかない.結局自分ができたことは,1日1科目ごとに過去問と参考書を総ナメすることを4日間続け,残り2日で4科目を再学習することだけであった.もちろんその合間に多くの関連書で内容を確認し,一部の問題では手計算を行うということもしたが,ひたすら丸暗記するとかそういったことはしなかった.

関連書として便利だった書籍を紹介しておく.

試験当日

試験会場は大阪市内の扇町近くにある関西テレビ電気専門学校であった.この会場は周辺に食事を摂れる場所がないのと,建物が古く和式トイレしかないため,長時間の滞在には苦痛を伴う.2002年12月に一アマの試験を受けたときは,当時はまだ毎分60字の欧文モールス符号を2分間筆記受信するという電気通信術の科目もあって,かなり身体的には堪えた.今回の試験は電気通信術の科目はないものの,2日間午前午後フルに戦わなければならなかったため,体調の管理には万全を期した.

試験は科目ごとに途中退場することができるが,実際にかかった時間は次の通りであった.

  • 1日目午前: 無線工学の基礎: 150分全部
  • 1日目午後: 法規: 60分
  • 2日目午前: 無線工学A: 90分
  • 2日目午後: 無線工学B: 120分

それだけ「無線工学の基礎」は厳しい科目だったといえる.実際の成績は次の通りであった.(この結果については,自己採点と日本無線協会に試験結果発表後請求した成績通知書との内容は一致している.)

  • 無線工学の基礎: 85/125
  • 法規: 81/100
  • 無線工学A: 109/125
  • 無線工学B: 96/125

無線工学の3科目については,時間のかかった科目ほど成績が悪くなっているというのが印象的である.つまり,理解が浅い科目ほど,時間ばかりかかってしまっている.

試験結果の発表

試験結果の発表は2月13日に日本無線協会のWebサーバ上で速報され,その翌日には結果通知書が届き,無事合格であることを確認した.すぐに近畿総合通信局に免許申請を行い,3月10日付で無線従事者免許証が交付された.

受験後の所感

一陸技を持っていたからといって今すぐに何かできるわけではない.プロの無線の中でも特に需要の多い携帯電話の基地局に関する業務は,下位資格の第一級陸上特殊無線技士(一陸特)で済んでしまうことが多い.(一陸技は一陸特の操作範囲をすべて含む.)それに,資格があったからといって,実務経験がなければ就職がすぐにできるわけでもない.

それでも,一陸技と一アマという2つの資格を持ったことで,事実上日本でのすべての無線局の技術操作をしてもよいことになったというのは,電子工学や無線技術の習得と普及をライフワークの一つとしてきた者としては嬉しい以外の何物でもない.

最近はInternet of Things (IoT)といって,何でもインターネットにつなげようという動きとそのための技術開発が盛んだ.無線技術はIoTの根幹技術の一部を成しており,これからますます重要になってくるだろう.IoTのほとんどは個別免許不要の無線機器(無線LAN, BlueTooth, 3G/LTE/WiMAXなど)の使用を前提としているが,これらの機器の通信到達範囲は限られており,本格的な問題解決には免許の必要な無線局を使わなければならなくなることは間違いない.その時に,一陸技の資格を役に立てることができるだろうと個人的には考えている.

自分が今求職中という厳しい身分であることは十分承知の上だが,それでも新しいことに挑戦していくことは重要かつ今後の人生を切り開く上で不可欠であると実感できたのが,この受験による最大の収穫といえるだろう.